ウイグル人亡命者を中国政府が恫喝「故郷の家族を守りたければ、スパイ活動を」

0 0
Read Time:3 Minute, 46 Second

BuzzFeed News原文

中国政府はウイグル人亡命者に対して、大規模なデジタル監視システムと、家族を「再教育施設」に送るという脅迫を駆使して圧力をかけ、仲間に対するスパイ活動を行わせている。2018/08/05 07:01

Megha Rajagopalan

Megha RajagopalanBuzzFeed News Reporter

【トルコ、イスタンブール】中国政府のために行うスパイ活動は、あらゆる点で「O」の信条に反していた。

しかし、たとえ中国から何千マイルも離れたスウェーデンの静かな街にいようと、中国警察はあるものによって、彼に要求を飲ませることはわかっていた。そのあるものとは、Oの10代の息子の自由だ。

「どうしようもありませんでした」とOは語る。「私は彼らに言いました。『息子の運命はあなたたちが握っています。私にとって大切なのは息子だけです。言われた通りに何でもしますから』と」

Oと彼の息子は、「ウイグル」と呼ばれる民族集団に属している。ウイグルはイスラム系少数民族で、スプロール化が進む中国西部の地域、新疆(しんきょう)ウイグル自治区の人口の半分近くを占めている。中国政府は新疆ウイグル自治区に、世界最高レベルの監視国家を建設した。現地では、DNA採取や虹彩スキャン、携帯電話監視などさまざまな技術が使われており、それらが向けられる矛先は少数民族に偏っている。ここ2年の間に大勢のウイグル人が、秘密のベールに包まれた「強制収容所」に送られている。犯罪容疑で正式に起訴された人物はひとりもいない。

ウイグル人にとっては、たとえ中国国外に逃れたとしても、監視国家から逃れたことにはならない。

BuzzFeed Newsは、ウイグル人亡命者のコミュニティに属する10人にインタビューを行った。国外へ渡ったのちに、中国の国家安全部(中国の情報機関で、国務院に所属する)に狙われている人たちだ。ウェイターや果物屋、実業家、役人など、彼らはさまざまな人生を歩んできている。いまも中国で暮らす家族の身に危険が及ばないよう、この記事では一部を除いて全員を匿名にしている。政府は、ウイグルに住む家族を、国外にいる者が犯したとされる犯罪や、罪とみなされる行為を理由に日常的に罰しているからだ。彼らが語ってくれた話、そして彼らがBuzzFeed Newsに提供してくれた、WeChatやWhatsAppに残されているメッセージと通話記録により、中国治安当局の職員が、ウイグル人亡命者の監視や、彼らのコミュニティに不信感を植え付けるために用いているさまざまな手段が浮き彫りにされた。

亡命者(とりわけ少数民族や、政治的とみなされる活動に参加する人々)に対する中国政府の監視や圧力は、いまに始まった話ではない。中国政府は少なくとも1990年代から、国家の弱体化を目論んでいると彼らが考えた人々に対して圧力をかけてきた。しかし、ウイグル人亡命者や、西側諸国の研究者、権利擁護団体によれば、こうしたキャンペーンはこの2年で一段と激しさを増している。デジタル化された監視戦術が、それをいっそう強化しているという。

中国がウイグル人に対する抑圧を強めているのは、新疆ウイグル自治区で分離主義と過激主義が台頭することを恐れているからだ。ウイグル過激派は2014年に、公共の場でナイフや爆弾を使った攻撃を繰り返し行った。イラクやシリアでは、現地の過激派とともに戦ってもきた。だが、権利擁護団体によれば、政府による取り締りは、ごく一部の者たちによる行動を理由に、何百万人もがまとめて処罰されるという結果を生んでいるという。

今回取材した誰もが、国家安全部の諜報員から、もし要求に応じなかったら、家族は「再教育」のために強制収容所に送られる、あるいは収容所にずっととどまることになる、と言われたと述べている。このキャンペーンは、ウイグル人が国外で行っている活動を詳しく知るためだけに行われているのでなく、西側にある亡命者コミュニティに不和の種をまき、彼らを威嚇して、中国政府に対する非難の声をあげさせないためにも行われているという。

オーストラリアにあるラ・トローブ大学のジェームズ・ライボールド准教授は、「中国政府はいまや、主権の境界線を超えて触手を伸ばし、そこにいる人々の行動に影響を及す力と意欲を持つようになっています」と語る。「中国の伝統を重んじる中国国民に対してなら、説得して支持を得ようとするかもしれません。しかしウイグル人に対しては、抑圧しようとします。中国政府は、その意欲を隠すどころか、いまでは次第にあからさまにしています」

Oが謎めいた「担当者」と取り交わしたWeChatのメッセージや通話記録を見る限り、彼の体験談は、それほど珍しいものではない(BuzzFeed Newsは、Oが当時、一連の出来事を打ち明けていた親しい友人からも話を聞いた。Oの担当者については、第三者を介した身元の特定を試みたが、本人には辿り着けなかった)。Oと息子は2014年に新疆を離れた。当時はまだ、ウイグル人もずっと簡単に中国を離れることができたのだ。2人が向かったのはトルコだった。トルコなら、息子は高校でいい教育を受けられる、奨学金をもらって、いい大学にも入れるかもしれない、とOは考えていた。

たいていのティーンエイジャーは、それまでの環境から引き離されれば親に腹を立てるものだが、当時15歳だったOの息子はイスタンブールが大好きだった。トルコの文化に関する本を読み漁り、日本語から英語まで、幅広い語学の才能が自分にあることに気づいた。暇があるときにはスケッチに没頭し、オオカミやスーパーヒーローなどの絵でノートを埋めつくした。

Oと息子は、ウイグル人たちが多く暮らすイスタンブール市内の一画に引っ越した。Oはレストランのウェイターの仕事に就き、貯金に励んだ。2016年1月、Oの息子は、新疆に里帰りして、母と祖母に会ってくると言い出した。とくに問題もなかったので、Oは息子を行かせることにした。

ところが、新疆に到着してまもなく、息子は行方不明になってしまった。パニックに陥ったOは、新疆にいる親戚に片っ端から電話をかけた。そしてようやくのこと、息子は警察に拘束されていることがわかった。

息子は2カ月後に釈放されたが、トルコには戻ってこれなかった。彼のパスポートは、彼がシリアに渡って過激派に加わることを疑う当局によって押収されてしまったのだ(Oによれば、そのような事実はなかったという)。同時期、Oもトルコを離れてスウェーデンに渡った。もはや中国には戻れないことを悟り、同国に保護を求めたのだ。

こん棒を手に持って安全対策の訓練を受ける、ウイグル人と漢人の店主たち。新疆ウイグル自治区の南西部にある古い街、カシュガル市の近郊で、2017年6月27日撮影。

中国国内に住みながら、国外にいる家族や友人と連絡をとっていたことがばれたウイグル人は、定期的に再教育施設へと送られる。電子的な監視技術や、新疆ウイグル自治区全域にある検問所でウイグル人のメールや通話記録を検閲する警察のせいで、こうしたやりとりを隠し通すことはほとんど不可能になっている。そのためOは家族から、息子に連絡をとろうとするのはやめるようにと言われた。

Oは、息子のWeChatモーメンツ(Facebookのニュースフィードに似た機能で、スナップ写真や近況などが投稿される)を取り憑かれたようにチェックすることで我慢するしかなかった。かつて息子が投稿していた、スーパーヒーローの元気な絵は消えてしまっていた。それに代わってそこにあったのは、恐ろしいモンスターやグールの暗いスケッチだった。Oは背筋が凍った。拘束が息子の心に与えたに違いない悪影響が心配になった。そして2018年3月、Oの息子は再び姿を消した。今度の行き先は再教育施設だった。

3日後、Oのもとに、国家安全部の諜報員からWeChatメッセージが届くようになった。その諜報員(彼自身もウイグル人だった)は、Oの地元の出身であり、新疆をベースとするアカウントを持っていると言った。諜報員はOに、自身の本名を明かした。Oは、彼が本物の諜報員であることを確信した。彼はOの家族に関する詳細を入手しており、国外にいるOとも自由に連絡がとれる立場にあったからだ。

その諜報員はOに対して、トルコにおけるウイグル人コミュニティに関する情報(個々人の名前や電話番号、活動の詳細など)を提供する必要があると言った。Oは、息子が大丈夫かどうかを彼に尋ねた。

2018年4月に行われた会話の録音のなかで、諜報員はOに対して、「国外に出たことのある子どもは全員、愛国教育コースを受講しなければならない」と言っている。

「どういうことですか…息子はまだ閉じ込められているのですか?」とOは尋ねた。

「いやいや。一種の学校です」と諜報員は答えた。「政治教育を行う学校です。子どもにとって教育は大切ですからね」

諜報員はOに、喜んで家族の近況を定期的に伝える、写真を送ってやってもいいと言った。Oは、ぜひそうしてほしいと諜報員に伝えた。「任務が完了すれば……我々の期待どおりに事が運べばということですが、あなたたち家族が互いに電話できる許可を申請してあげられます。おそらく月に1回」

「そうできたらうれしいです」とOは言った。

新疆ウイグル自治区の中部にあるコルラ市の近辺にある、中国の再教育施設をとらえた衛星画像。この施設を訪れたことがあるウイグル人亡命者が、GPS座標を提供してくれた。

Oの息子が送られたような再教育施設は、新疆ウイグル自治区の全域に何十と開設されている。施設内では、中国語や共産党のプロパガンダが教えられているが、そこは教育施設というよりも、むしろ秘密の強制収容所といったおもむきだ。高い壁と有刺鉄線に囲まれたこれらの施設には、何百人というウイグル人などの少数民族が収容されることもある。

収容された人々は、食事を与えられない、長時間独房に入れられるなど、さまざまなひどい虐待行為を報告してきた。中国政府はこうした施設への収容を、「再教育」であり、刑事処分とはみなしていないため、何らかの関連文書が家族に与えられることはほとんどない。多くの場合、人々は忽然と姿を消す(ときには夜間に)。そして家族は、彼らがこれらの施設に送られたことを、あとから知る。

「亡命者の家族に対する処罰」という脅迫は、昔から中国の治安当局が用いてきた戦術だ。報道によるとこうした脅迫は、アナスタシア・リン(かつてミス・ワールドのカナダ代表に選ばれた中国系カナダ人で、宗教的自由の擁護者)や、ラジオ・フリー・アジア(1996年にアメリカ議会の出資によって設立された短波ラジオ放送局)のウイグル人レポーターなど、知名度の高い反体制派に対しても行われてきたようだ。

しかし、大勢のウイグル人が再教育施設に収容されているいま(しかもその収容は、政府の独自システム以外には漏らされることのない基準にもとづいている)、国家安全部がOのような亡命者を、家族の自由と安全をちらつかせて脅迫する行為は、いっそう簡単になっている。

ワシントンD.C.を拠点とする「ウイグル・ヒューマン・ライツ・プロジェクト」(UHRP)でディレクターを務めるオマー・カナットは、「中国の警察は、国外で暮らすすべてのウイグル人に関する詳細情報を保持できる力を、ますます手にしつつあるようです」と語る。「ウイグル人の仲間に対するスパイ活動を断るなら、本人や家族を監禁するという脅迫が増えており、この状態はさらに悪化しています」

中国警察を統括する中央官庁である政府公安部にコメントを求めたが、回答はなかった。外交部は施設の存在を認めなかった。しかし、国営メディアによる報道は以前から、再教育施設はウイグル人が無料で自己を改善し、過剰な祈祷や宗教服の着用といった「遅れた」宗教的慣習の間違いに気づける場所であると自慢げに伝えてきた。しかし、国家安全部の諜報員たちが、こうした施設への収容をほのめかすことでウイグル人を脅迫しているという事実は、国営メディアの報道と矛盾している。諜報員たちが、施設への収容は事実上、処罰であると認識していることを示唆している。

今回の取材に応じてくれた人々は、亡命者に対する監視は、出国前にパスポートを申請した時点で開始されると言っている。

2015年以前に、中国政府がウイグル人のパスポート取得に対する規制を一時的にゆるめたときがある。この期間に多くのウイグル人が中国を出た。海外移住や留学、旅行など、その目的はさまざまだった。ところが2015年後半になると、政府は再び規制を強化した。細かい規則は区域によって異なるようだが、パスポートの取得には、多数の官庁から承認を得なければならなくなったという(多額の賄賂を渡さなければならない場合もある)。

Kはかつて、新疆ウイグル地区の南西部に位置するカシュガル市で会計士をしていた。裕福な家庭の出だった。Kによれば、2015年に、1万ドルもの賄賂を渡してパスポートを取得したという。再教育施設に送られる見込みであることが、警察によって明らかにされたからだった。彼の兄2人も、すでに行方不明になっていた。

治安当局は、書類にサインし、パスポートの発行に応じてくれた。ただしその前に、Kは声のサンプルを録音され、360度写真を撮られ、記録のために、歩く様子を撮影された。まつげも1本、提出させられたという。当局は、これらの記録が何のためのものなのかをKには教えなかった。

中国を出たあとでKは、画像と音声の記録は、おそらくは顔認識と音声認識に用いるため、まつげはDNAを採取するためであることを知った。

数人から聞いた話では、国外に出るウイグル人が要求されるのは、家族全員の連絡先と、現地の連絡先を教えること、そして、当人が渡航先で不正を行わないことを保証する雇用主の手紙を提出することだという。

「治安当局の権力は絶大です」とKは語る。「誰かが連れ去られ、遺体で発見されても、何があったのかを聞くことさえできません。彼らを監督するほかの政府機関はありません。彼らは皇帝並みの力を持っているのです」

Kは現在、アメリカのある都市で暮らしている。彼がアメリカに入国したらすぐに、国家安全部からの接触が始まったという。しかし、Kには提供できる情報がほとんどなかったため、国家安全部は彼から手を引いた。

東トルキスタン(ウイグル人の分離主義者が「新疆」に対して用いる名称)の旗を手に持ち、中国の習近平国家主席のポスターに唾を吐きかける女性。7月5日、イスタンブールにある中国領事館の前で行われた抗議運動での一幕。

Oは、国家安全部の諜報員に協力するようになった。しばらくすると、その諜報員から、彼の身分を証明する書類が送られてきた。Oは、トルコで知り合ったウイグル人2人の名前を教えた。2人とも政治活動には関わっておらず、親政府派であることを知りながらだ。

「送信」をタップした瞬間、彼は罪悪感に襲われた。

「こんな境遇に身を置いていることが信じられません」とOは語る。「私は中国政府のために働くスパイなんです」

Oは、その支配体制の残忍さを熟知していた。20代前半のころ、彼は生まれ故郷で警官として働いていた。当時の彼は理想に燃えていた。中国国内のほかの都市と同じように、新疆ウイグル地区も豊かになりつつあった。Oは、警察が街の治安を守っていれば、きっと政府がさらなる繁栄をもたらしてくれると信じていた。

しかし、それから何年か経つと、Oは組織に幻滅を感じるようになった。新疆ウイグル地区にはウイグル人の警官が大勢いる。しかし、大多数を占める漢民族に属していないという事実は、一定レベル以上の出世は非常に難しいということを意味していた。

「『副~』や『~代理』にはなれても、本当の権力を持つ地位には就けないのです」と彼は言う。同時に彼は、悪徳警官が、証拠をねつ造したり、理由もなくウイグル人を攻撃したりする様子を目にするようにもなった。

「だから私は罪の意識にさいなまれているのです」とOは語る。「これが間違っていることはわかっています。あの国には法律などというものはないことも」

UHRPのカナットによれば、都心にいる亡命者のほうが監視の対象になりやすいという。彼が暮らすワシントンD.C.などには、ウイグル人の亡命者が大勢いるからだ。

「当局に見つかるのを避けるために、ワシントンD.C.エリアには住まないウイグル人もいます。近づきさえしない亡命者もいるほどです」と彼は語る。「中国警察は、ワシントンD.C.に行ったことはあるかと、ウイグル人に聞き回っています。もし、あると答えようものなら、さらに尋問を受けることになります」

ワシントンD.C.エリアで暮らすウイグル人研究者のタヒル・イミンは、妻と幼い娘を母国に残し、イスラエルの大学院に進学した。タヒルの家族はこれまでに、きょうだいなど10人以上が再教育施設へと送られてきた。にもかかわらず彼は、実名での報道を強く望んだ。そのほうが、いま新疆で起きていることへの注目が高まると確信しているからだ。

タヒルは、現在7歳になる自分の娘を、この世の何よりも愛している。彼が携帯電話に保存している、いっしょに撮った写真のなかの彼女は、その黒い髪をピクシーカット(ベリーショート)にしている。ある写真では、タヒルに抱き上げられながら、彼女はピンクの傘をさしている。その顎の細い顔には笑顔が広がっている。

左:タヒル・イミンと愛娘。右:タヒルが、国家安全部の諜報員とWeChatで交わしたメッセージ。

中国の国家安全部がタヒルに初めて接触したのは2017年のことで、彼がイスラエルで大学院に通っていたころだった。当初、タヒルは現地でなるべく目立たないようにしていた。ところが、タヒルの部屋に強盗が入ったため、キャンパスポリスが彼に代わって中国大使館に連絡した。そのため、図らずも彼の身元がばれてしまった。すかさず国家安全部から連絡があり、タヒルは彼らの要求に応じるように促された。「ご家族のことを考えてあげたほうがいいですよ」と、諜報員は言った。

帰国すれば、ただちに再教育施設送りになることはわかっていた。だから彼はアメリカにビザを申請し、守ってもらえることを願って2017年に渡米した。しかし、彼がワシントンD.C.に到着しても、また同じ諜報員からの嫌がらせは続いた。諜報員はタヒルに対して、どこに行こうと逃げられない、中国政府はいたるところに密告者を置いていると言った。

タヒルは、電話で家族への接触を試み続けた。だが、ようやくつながったと思ったら、妻からは彼が一家のトラブルの原因になっていると言われてしまうのだった。警察がタヒルについてしつこく聞いてこなくなることを願って、妻は彼に離婚を求めた。そして今年2月、タヒルのもとに突然、娘から電話がかかってきた。

「娘はこんなふうに言いました。『お父さん、あなたのせいでお母さんと私はひどい目にあってる。あなたは悪い人。警察はみんないい人。私たちを助けてくれてる。だから、もう連絡してこないで』と」。彼女がこう言うように誰かから指示されていたことは明らかだった。

家族はその後、WeChatからタヒルの連絡先を削除した。4月以来、タヒルは彼らの声を聞いていない。タヒルは風の便りで、彼の家族や親戚の多くが再教育施設に送られたことを聞いている。しかし、別れた妻と娘はいまも自由の身だと彼は信じている。

こうしたさなかにも、国家安全部の諜報員はタヒルに協力を求め続けた。そして6月、ついにタヒルの堪忍袋の緒が切れた。

その会話の1週間後、タヒルはBuzzFeed Newsに対して、「先週までの私は、彼らをとても恐れてもいました」と語ってくれた。しかし、彼のなかで何かがパチンと音を立てたのだという。

「私はこう言いました。『どうして私があなたに協力するんですか? 中国の警察が残忍なことは私も知っています。あなたの声など2度と聞きたくありません』」

自身もウイグル人であるというその諜報員は、ボイスメッセージのなかで、彼の娘は彼らの手中にあるとタヒルに警告した。タヒルはそのメッセージを、BuzzFeed Newsに実際に聞かせてくれた。

「娘さんは大人になっても、あなたのような裏切り者にはならないでしょう」と諜報員は言っている。「一生懸命に勉強して、新疆ウイグル地区、中国、そして共産党の役に立ってくれる人材になってくれるはずです」

コミュニティに関する情報を得ようとして国外のウイグル人に近づく国家安全部諜報員の存在は、すでに広く知れ渡っている。彼らはこうした海外のコミュニティに、深い不信感の種と、いたるところにに広がる「監視されているという感覚」の種をまいてきた。

ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)で中国担当シニア・リサーチャーを務めるマヤ・ワンは、「亡命者のコミュニティには、恐怖感やパラノイアがまん延しています」と語る。「誰もが、仲間に対して不信感を抱いています……国外にいる漢民族に対して以上に」

多くのウイグル人グループが、大規模なデモを行い、西側諸国の政府に対して、中国による監視社会の推進と再教育施設の利用を批判してくれるよう働きかけている一方で、コミュニティ内部のこうした信頼感の欠如は、変革を求めて国外で行われるさまざまな活動の妨げとなってきた。

オーストラリアのシドニーに住むある亡命者は、「こうした不信感を促す触媒は、中国政府がウイグル人コミュニティ内に張り巡らせているスパイたちの広大なネットワークです」と語る。「この不信感が、政治信条が異なる個人・グループ間の協力を難しくしています」

この亡命者によると、ウイグル人が抗議運動にあまり参加しないのは、写真を撮られたり、密告されたりするのを恐れているからだという。

たとえ国外にいても監視されているという感覚が、シドニーからワシントンD.C.にいたるまでの、あらゆるウイグル人コミュニティに萎縮効果を及ぼしてきたことは明らかだ。イスタンブールで暮らすウイグル人実業家のSは、国家安全部の諜報員から、不吉な写真を受け取った。その写真には、トルコのウイグル人コミュニティで有名だった人物の葬儀に出席するSの姿が写っていた。その諜報員が、イスタンブールにいる誰かからこの写真を入手したのか、それとも、監視用の電子機器を使って手に入れたのかは、Sにも見当がつかなかった。彼はそれ以来、多くのウイグル人が参加する集まりに同席して目撃されるのを避けるようになったという。

ウイグル人亡命者の大多数は、母国にいる家族と連絡をとれないでいる。彼らの身に危険が及ぶことを恐れているからだ。この点に関しては、Sは幸運だ。あらゆるデジタル通信が監視されているかのように言われるコミュニティに身を置きながら、姉のビジネスパートナーを介して家族の情報を入手するというローテクな回避策を発見したからだ。このビジネスパートナーは、新疆在住のトルコ人男性で、イスタンブールに時々帰ってくるのだ。

このトルコ人男性は帰国時に、労働者階級が暮らす市内の一画にあるSのアパートに時々立ち寄ってくれる。そして、Sの姉からのメッセージや写真を見せてくれる。家族の誰がいまも自由の身で、家族の誰が強制収容所に送られたのかといったことも教えてくれる。この男性がSに、自分の連絡先を教えることはない。彼の携帯電話も、監視下にあるおそれがあるからだ。だから彼らは、電子機器では絶対に連絡を取り合わない。家族のことを思うときにSにできるのは、この男性が再び訪ねてきてくれるのをひたすら待って祈ることだけだ。

あるときSは、このトルコ人男性から、中国警察がSの両親に対して、トルコ在住のSの写真を見せていたことを教えられた。長いあごひげを生やしている姿だ。新疆ウイグル共和国では、ウイグル人が長いあごひげを生やす行為は政府によって禁じられている。それ以来、Sはあごひげを短くするようになった。

Sはイスタンブールの某レストランで、「スパイのことをいつも心配しています。今日もです」と語った。「あなたが信用できる人物だという噂を耳にしていなかったら、私はここに来ていないでしょう」

再教育施設の前をバイクで通り過ぎる女性。その塀には、プロパガンダ用ポスターが貼られている。2017年10月、カシュガル市で撮影。

中国政府による亡命者コミュニティへのスパイ活動の問題は、西側諸国でもよく知られている。スウェーデンでは2010年、中国政府のために同国のウイグル人亡命者コミュニティに対してスパイ行為を働いていたある男が有罪になった。ミュンヘンでも2011年、男3人が、同市のウイグル人コミュニティでスパイ活動を行っていた容疑で起訴された。オーストラリアで行われた亡命申請に関する公文書を見ると、中国政府が亡命者コミュニティで行う諜報活動の脅威が、ウイグル人難民が亡命を認めてもらうための証拠として、繰り返し用いられてきたことがわかる。

しかし、国家安全部からこうした要請を受けているウイグル人にとって、外国政府の当局はほとんど力になってくれないようだ。

「いまの私の立場はおわかりいただけるでしょう」とOは語る。彼は、自身の亡命申請が認められたのかどうか、いまもその答えを待っている。「私はスウェーデンで違法行為をはたらいています。でも、そうしなければ、息子を奪われてしまうんです」

Oは、スウェーデンの警察や公安警察局(同国の国家安全保障局)などの現地当局に、我が身に起きたことを記した報告書を何度も提出したという。BuzzFeed Newsも、その報告書を見せてもらった。しかし、いまのところまだ音沙汰はない。

スウェーデン公安警察局の広報担当者ダー・エナンデルは、特定のケースについてのコメントや、同局の業務に関する質問への回答は差し控えるとしながらも、「我々も、難民を標的とした違法な諜報活動を、非常に重大な犯罪とみなしています」と語った。

「スウェーデン公安警察局は、国内で難民に対して行われる違法な諜報活動の防止・対応に全力をあげています」とエナンデルは付け加えた。「こうした違法活動はしばしば広範囲に及び、数カ国をまたにかけているため、捜査にはかなりの時間がかかります。難民に対する違法な諜報活動がスウェーデンで行われている可能性を示す兆候があれば、我々はそれを追跡し、捜査します」

Oがスパイ活動に協力するようになってから何カ月かが経過したころ、彼の息子は再教育施設での拘束を解除してもらえた。それまでの長い間、彼は息子と言葉を交わしていなかった。自分が赤の他人になってしまったように感じていた。

5月半ばに録音された記録のなかで、諜報員は「息子さんはずいぶん大きくなられましたよ。新しい服を買ってあげないと、と奥さんも言っています」と言っている。「そろそろ駅に着いているころでしょう」

Oは、息子と電話で話すことはできるか尋ねた。2016年に息子がイスタンブールを発つ飛行機に乗って以来、Oは彼に会っていなかった。

「当分の間はやめておいたほうがいいでしょう」と諜報員は言った。「厳しく管理されていますからね。そんなことをすると、困ったことにならないとも限りません。少し待ちましょう」

「私たちは助け合う間柄にあります」と、彼は付け加えた。「私はこちらであなたに協力する。あなたはそちらで私に協力する。この前、話し合ったように。そうですよね?」

この記事は英語から翻訳されました。翻訳:阪本博希/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan

About Post Author

ETGovExile_Japan

主に中国占領下の東トルキスタン各トルコ系人々の代表として活動中の亡命政府からの公式情報及び日本独自のブログ等を投稿します。 転送・拡散・ご支援を宜しくお願い致します。
Happy
Happy
0 %
Sad
Sad
0 %
Excited
Excited
0 %
Sleepy
Sleepy
0 %
Angry
Angry
0 %
Surprise
Surprise
0 %